コラム
摂食障害における体重測定の技法①
2014年03月01日
摂食障害の人を体重測定するにあたって、まずはどのような服装で測定するかがポイントです。
原則、衣服着用のままで測定するというのはなしですね。
裸になっていただくのがいいですが、そういうわけにもいきませんので、下着で測ってもらうのが望ましいと思います。
もちろん測定者は、同性の医療者であるべきです。
なぜ、衣服着用のままだといけないのでしょうか?
ひとつは衣服によって何百グラムかの差が生まれますが、この何百グラムかの差が本人たちにとっては一大事です。
一般の人であれば、「今日の体重が少し多かったのは厚着をしていたせいかな?」と素直に考えることができますが、摂食障害の人はそうではありません。
病的な思考が強いために「太ったんじゃないか?」「絶対に自分の体重が増えたんだ」と考えてしまい、いくら説明をしてもなかなか修正が効きません。
また、たくさん服を着ていると、しばしば服の中にいろいろなものを隠し持つ傾向があります。
それは治療者に対して、食事に取り組むという課題を頑張っているふりをしたいためであり、課題ができなくて怒られたくないためであります。
そのため、ときには服の中にバーベルなどを隠し持って、体重が増えたように見せかけようとします。
こうした病気の自己に基づく行動をしなくてすむようにさせるには、衣服は脱いでもらうという治療の枠組みを作ることが大事なんです。
他にも服の中に隠し持つことができなくても、直前に500mlや1l(リットル)のペットボトルをがぶ飲みしてくる人がいます。
それで体重が増えたように見せかけようとするんですね。
これは本当に無駄な抵抗ですね。
それによって1回の体重測定はごまかすことができても、毎回ごまかすためには2l、3lと飲む量を増やさなくてはなりません。
実際にはそうしたことはできません。
ですから、こうしたごまかし行為をしてしんどい思いをしなくてすむように、あらかじめ問題行動を予想していることや無駄である理屈を伝えておいてあげることも大事ですね。
それでも、体重測定前はトイレを我慢して少しでも体重があるように見せかけ、測定直後にトイレに行く人が多くいます。
それを見ると、やはり客観的な判断ができず、病的な思考にとらわれてしまっているんだなと思います。
体重測定のときは「いかにして病気の自己に基づく行動をとらせないようにするか」ということが重要なポイントだと思います。
摂食障害における体重測定への考察
2014年02月27日
摂食障害治療における体重測定については、いろいろ考えることがあります。
まず体重測定が必要であるか否かという問題です。
結論から述べるならば、基本的には体重測定を行った方がいいと思います。
それはいくつかの理由によります。
ひとつは拒食症であれば、極度の低体重は生命の危機につながります。
その場合、生命的な危険性の指標として体重測定を行うことが望ましいと思います。
また体重測定は本人の食事への取り組み具合、過活動などの問題行動の有無の目安になります。
病状の重い人ほど診察場面では自分の病的な問題行動を語ることができず、隠そうとします。
しかし、体重という指標があればそこから問題行動を推察することができます。
一方、「どうしても体重測定はしたくない」という人がいます。
「体重が気になるのが嫌で家でも体重を測るのをやめたから測りたくない」という人ですね。
これは確かに一理あります。
以前のコラムでも書いたように体重測定は病気の自己を刺激する最大の要因ですから、それをしないというのは納得できる部分があります。
ただ先に述べたように診察時の体重測定についてはそれなりの意味があるので、それをしないリスクについては理解してもらう必要があります。
また、体重測定をしなくてもウエストなどの感覚で体重を判断することがよくあるので、その問題点についても理解してもらう必要があります。
その上で治療に臨まなくてはなりません。
おそらく体重測定を行わずに治療を行う場合は、治療者にかなりの経験が必要でしょう。
私も本人の希望で体重測定を行わずに治療を進めることがありますが、その場合は様々な角度から細心の注意を払いながら行っています。
でなければ、摂食障害の人が病気の自己にとらわれる部分を見過ごし、ある意味、病気の自己に欺かれる可能性があります。
すなわち、治せなくなるリスクが大きくなります。
結論としては、体重測定をせずに治療を行うことは可能であるし、その理屈にも一理あります。
ただ病気の自己に一切の隙を与えずにその行動を完全に遮断し、摂食障害を克服していくためには体重測定を行う方が良いように思います。
摂食障害治療の最大の敵②
2014年02月15日
前回のコラムでは、摂食障害治療の最大の敵は『体重計』であるという話をしました。
その際に私は「家では体重をはからないように」ではなく、「家から体重計をなくして下さい」と言いました。
実は、ここにも病気の自己の行動への読みと防衛があります。
「家では体重をはからないように」
この指示にみんな「はい」と答えますが、この指示だけであれば90%以上の人が実践できません。
それは家に体重計がある限り必ず「体重をはからなくて大丈夫か?」「いつの間にか大分太っているかもしれないぞ」という病気の自己のささやきがあり、このささやきに負けてしまうからです。
治療を進めるにあたっては、この病気の自己による影響の強さを知らなくてはなりません。
実は本人たちは知っています。
ただそれを自分から話してしまうと病気の自己の行動がとれなくなるので、言いたくないだけなのです。
ですから、私はこんなふうに話します。
「体重計は家族に隠してもらうか、捨てて下さい。
体重をはからないと言っても家にあれば不安になって、ついはかってしまうでしょう?」
そう話すと、ほとんどの人はうなずきます。
人によっては「ばれてしまっている」と思い、人によっては「先生はわかっている」と思います。
一般の人にとっては、家から体重計をなくしたってどうってことはありません。
しかし、摂食障害の人にとって、この「体重計をなくす」という課題はとても大きなハードルであり、脅威です。
病気の自己のささやきとの戦いであり、強大な不安との戦いです。
治療者はそのことをよく理解しておかなくてはなりません。
彼らの治療への努力がいかに大変なものかを知っておかなくてはその心に寄り添うことはできません。
「家から体重計をなくす」
この課題こそが摂食障害治療の最初の課題です。
このハードルを乗り越えることができたとき、治療への第一歩が始まったと言えると思います。
摂食障害治療の最大の敵➀
2014年02月14日
摂食障害治療を始めるにあたって、私が課す最初の課題は「食事表をつけなさい」といったことや「何キロカロリーの食事をとりなさい」といったことではありません。
『家から体重計をなくして下さい』です。
この課題は本人たちにとっては思わず「えっ!」と思うとともに、「厳しいところをつかれたな」と思わせるものです。
実は摂食障害治療にあたって最大の敵は『体重計の数字』なのです。
家に体重計がある限り、ほとんどの治療は成功しません。
なぜでしょうか?
もし、診察を受けて「よし、今日からは頑張って食事をとるようにしよう」と思ったとします。
それは、その人の心の奥にある本当の自己が刺激されて、病気の自己に打ち勝とうとする思いを持てたということです。
しかし、家に帰って体重測定をして「前よりも100g増えていた」と思った瞬間、その思いは一瞬にして消えてしまいます。
病気の自己が刺激され、本当の自己が圧倒されるのです。
要するに、食事をとるのが怖くなって「やっぱり食べないようにしよう」「やっぱり吐いてしまおう」という気持ちが湧きあがり、再び食事をとることができなくなるのです。
治療者は本来、本当の自己の支援者であり、本当の自己の力を呼び覚ますように診察を行います。
(“本来”と述べたのはもしかすると、そうした診察を行えていない治療者がいるかもしれないからです。
もし、本当の自己を支援する診察を行えていないなら、それはきっと治療になっていないのではないかと思います)
一方、病気の自己の最大の支援者こそが『体重計』なのです。
ですから、家から体重計をなくさない限り、治療が進むことはありません。
1回の診察も1回の体重測定で帳消しです。
いや、1回体重測定をしてしまった人は次の診察までに何度も体重測定を行いますから、その間にどんどん病気の自己が強化されてしまいます。
これでは勝負になりません。
よって、摂食障害治療のファーストステップは
『家から体重計をなくして下さい』
でなくてはならないのです。
摂食障害の入院環境についての考察
2014年02月12日
摂食障害の入院治療を考えるにあたって、病院がどれだけの入院環境を整えているかを知ることは重要なことです。
ある先生は内科的治療が必要なときだけ入院治療をさせると言われます。
内科的治療だけを行うとすれば、入院環境による治療レベルの差はあまりないように思われます。
よって、どこの病院に入院をしても大差はないのではないかと思います。
しかし、純粋に摂食障害の治療を行おうとすれば、治療環境の差は歴然としたものがあります。
入院治療するということはほとんどの場合、本人自身がコントロールできない問題行動がかなりあるということです。
ですから、
『本人の行動を見守ることのできる治療環境』
が必要になります。
しばしば閉鎖病棟が必要になるでしょうし、ときにはあらゆる問題行動をシャットアウトするための個室が必要になることもあるでしょう。
そうすると基本的には精神科病棟になります。
しかし、安心できる環境が望ましいですから、純粋の精神科病棟だと摂食障害の人にとっては落ち着かないといったこともあるでしょう。
もし、一般病棟で治療を行う場合には、入院によって“医者や看護師の目があれば自分をコントロールできる”ということが条件になります。
さらに重要なのは、
『摂食障害のことを理解するスタッフの存在』
です。
摂食障害は非常に難しい病気ですから、スタッフが摂食障害のことを理解ができないと患者様に陰性感情をぶつけてしまったり、自ら疲弊してしまったりします。
であれば「スタッフは勉強すればいいじゃないか」と思うのですが、現実には本当に患者様のことを思い、勉強しようとする人は非常に限定的です。
自分たちの持った能力だけで対応しようとして混乱を招き、その末に「摂食障害の人はうちの病棟ではみられません」といったことを言われるのです。
私自身も大学病院、精神科病棟を持った総合病院、一般病棟のみの総合病院などを経てきました。
しかし、いずれにおいても治療環境に限界を感じ、「もっとよい治療環境さえあれば治る可能性があるのに…」と思い続けていました。
そんな思いを初めて打破してくれたのが、開業前に勤務していた思春期病棟を持った病院でした。
ここの病棟は他の精神疾患の患者様もおられましたが、基本的には思春期の年頃の人が中心で、摂食障害の人にとっても違和感のない病棟だったと思います。
ただスタッフが摂食障害を本当に理解するまでには、一人の患者様と徹底的に付き合い、乗り越えたという経験が必要だったように思います。
ここでは栄養士も積極的に治療に携わって下さり、国内でも屈指ではないかと自負できるような治療スタッフがそろっていたように思います。
実際、この病棟では数々の難治例の摂食障害の人の治療に取り組み、何人もの人が奇跡的な回復をしました。
しかし、こうした病院は国内ではまだごくわずかです。
国内では摂食障害専門の治療施設の建設も検討されていますが、まだもう少し時間がかかりそうです。
よってまだまだベストとは言えない入院環境の中で試行錯誤を繰り返しながら、治療を行っているのが現実です。
中には、入院をしてもあまり治療効果の上がらない施設もあるでしょう。
大部分はある程度までの成果を上げて、あとは通院治療と入院治療を繰り返しながら、フォローするというのが現実でしょう。
このように摂食障害治療の入院環境は厳しいのが現実だと思います。