【うつ病】「仮面うつ病?」-「うつ病への対応⑪」-
2013年11月11日「仮面うつ病?」-「うつ病への対応⑪」-
以前、私はある病院で心療内科医ではなく、一般内科医として診療をしていました。
そのときにある60才くらいの女性が診察に来られました。
その方の症状は、頭痛や肩凝り、胸の息苦しさ、疲れやすさ、手足のしびれといったものです。
血液検査やレントゲン、心電図などの検査所見は全く異常ありません。
カルテにはそうした訴えをひとまとめにして“不定愁訴”と記載され、症状に対しては鎮痛薬などを処方するといった対症療法(表面的に症状だけを抑えようとする治療で、根本的な治療方法ではない)がなされていました。
その方は、何と20年近くもその病院でそうした治療を行っていたのです。
私はもともと心療内科や精神科が専門です。
ですから、この方に出会ったときにふと思い浮かぶ病気がありました。
「もしかすると、この方は『仮面うつ病』ではないだろうか?」
仮面うつ病とは、ゆううつだとか、やる気がしないとか、何に対しても興味や関心が感じられなくなったというような精神症状は見られず、身体症状だけが見られるうつ病のことです。
全身倦怠感、易疲労感、不眠、食欲不振、動悸、めまい、胸部圧迫感、息苦しさ、肩こり、筋肉痛、頭重感、頭痛のほか、様々な身体症状が見られます。
これらの症状を見ると、とてもうつ病だとは思えません。
ですから、本人は、まず一般内科や耳鼻咽喉科、整形外科などを受診されます。
しかし、検査をしても何も異常は見つかりません。
ごく一部の勘のいい先生は、
「もしかすると、心の病気ではないだろうか?」
と考え、心療内科に紹介します。
けれども、多くの先生は知識不足でそうしたことを考えつきません。
どうしたらよいのか対応に行き詰まった末に、仕方なく症状を緩和することだけを目的とした対症療法を行うことになるのです。
私が出会ったこの方もそうした治療で20年近くその病院に通っていました。
そこで私はこんなふうにお話をしました。
「実はこうした体の症状が、うつ病によって起こっていることがあるんです。
絶対とは言えません。
ただ、もしうつ病であれば少量のうつのお薬を飲むと、今まで治らなかった症状が劇的に治ることがあります。
治るかどうかは治療をやってみなければわかりません。
しかし、長い間症状が続いて苦しんでおられるし、一度、こうした治療をやってみてはどうかと思うのですが…」
すると、その方は素直に
「一度、お薬を飲んでみます」
と言って、薬物治療を開始することにしました。
数週間後、その方が来院されました。
すると、すっかり明るい表情になっています。
「あれだけ続いていた頭痛が全くなくなりました。
胸の息苦しさや手足のしびれもありません。
本当に楽になって、家事とかもできるようになったんです」
その後も半年間ほど治療を続け、お薬も徐々に減らし、治療もほぼ終わりに近づいた頃、その方は笑顔で突然、こんなことを言われました。
「これでようやく沖縄に帰れます。
今までずっとしんどくて帰れなかったんですが、おかげで帰ることができます」
この方はずっと体調がつらくて、生まれ育った沖縄に帰ることができず、その地で暮らしておられたのです。
「仮面うつ病」と気付いたこの治療で、この方の人生が変わったのです。
「仮面うつ病」はまだまだ一般科の先生には認知度の低い病気です。
でも、ちょっと知っていれば、わずかのお薬による治療で劇的に治りうる病気です。
こうした心の病気もあるということを心の片隅にとめておいていただければ、みなさまの身近な方の意外な助けになり、その方の人生を救うことになるかもしれません。